村上春樹のスピーチ

カタルーニャ国際賞の授賞式で、村上春樹氏が行ったスピーチをご紹介します。
その年に発生した東日本大震災で原子力発電所で事故が起きたことについて、原発反対の立場から以下のように述べています。

東北地方を巨大な地震が襲う

3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。
その後に襲ってきた津波の爪痕も凄まじいものであり、39メートルの高さにまで達したのです。

無常観という言葉が日本人にはあります。
この世に生まれたあらゆるものは、やがて消滅していき、全てはとどまる事なく形を変え続けていくものです。

全てはただ過ぎ去っていくという視点は、いわば、事態が起こればあきらめる精神です。
人間は自然の力に逆らうことが出来ない思いに留まるものです。

しかし、そのように流れ去るものであるから、サクラのような輝きの瞬間があり、 それを私達が確認することで、安心しているのです。
そのようにして仕方のないものとして集団的に克服して生きてきたのです。

福島の原子力発電所

そして、もう一つ、福島の原子力発電所の問題があります。
福島にある6機の原子炉が震災の被害に遭いましたが、そのうちの半分、3機は3カ月が経ったスピーチの時点でも、修復がされないまま放射能を出し続けていました。
メルトダウンがあって周りの土壌が汚染されてしまい、高濃度の放射能が含まれた排水がそのまま海にも流れている状況です。

どうしてこうも被害が拡大しているかというと、設備や事前の備えが甘かったことが原因の一つとして挙げられます。
電力会社も利潤を追求しなければならないたまえ、数百年に1度の大災害に備えて多額の費用を使って設備や人員を整えるのは難しいことでした。
また厳しい安全管理をしているはずの日本政府も、原子力政策推進のために安全基準を高くは設定していませんでした。
日本人の人たちは、感情を爆発させるということにあまり得意ではないでようです。

しかし、そんな日本人でも今回の件では、相当腹をたてているようです。
しかし、今まで、そのようなゆがむ構造を許していた自分自身をも恥じているのではないでしょうか。
今回の問題は、倫理や規範に大きく関わっていく問題です。

核爆弾の破壊的な威力や、放射能が残す深い爪痕を、日本人なら知っているはずです。
「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませんから」と、 広島にある原爆死没者慰霊碑にはしっかり刻まれているはずです。
にもかかわらず、日本人は2度目の原爆被害を受けてしまったということになります。

表面的な便宜に過ぎない

自らの手で過ちを犯しているという自覚をしっかりしなければなりません。
私達が求めてきた平和で豊かな世界は何によって損なわれしまったか、歪められてしまったのかについて考えれば、答えは簡単に出てきてしまうのです。
それは、効率の問題なのです。

原子力発電を推進する人々の主張した現実とは、ただの表面的な便宜に過ぎないのです。
ここに、技術力神話が崩壊し、 日本人の倫理と規範も敗北して行くことになります。
敢えて私達は、当たり前にノーと言い続けるべきではなかったのでしょうか。